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FM Festival 未来授業 東京会場 2日目に参加してきました

雑記

先週の金曜日にFM Festival 未来授業東京会場に参加してきましたが、この前の金曜日(10/17)には、その2限目と3限目が開講され、前回に引き続き弟と参加してきました。だいぶ間が空きましたが、今回はその内容についてと、感想をまとめておきたいと思います。

前回の1限目も含めた講義の内容は、後日ラジオで放送されます(11/3 16:00〜、11/8 22:00〜)。

もしかしたら、インタビューに答えた様子が放送されるかも?(笑)

講義概要

今回は全体の授業の2限目と3限目という形で、二人の講師の方がお話をしてくださいました。

未来授業2限目

一人目の講師は、日本画家の千住博さん。

- Official website for an artist, Hiroshi Senju

- 千住博 - Wikipedia:

アジアで初めて、ヴェネツィアビエンナーレ絵画部門で栄誉賞を受賞したという、とんでもなくすごい方です。しかし、僕はこのイベントまで知らんかったという・・・。浅学。

ちなみに、Googleの検索ワードの中で、"Hiroshi Senju"はアジアの人の名前の中でもっとも多く検索されているそうです(要出典)。

では、内容について。

テーマは「境界という幻想―芸術的思考への誘い

千住先生ご自身の、芸術とは何か、美とは何かという問に対する答えと、日本がその中で占める立ち位置について、よくまとめてくださったと思います。

全体の流れとしては、前半に今述べたような内容のお話で、後半は自由に先生に質問し、それに先生が答えていくという形で進んでいきました。

全ての内容を書くわけにもいかないので、要点をまとめていきます。

はじめに、

「日本=藝術立国」

という等式が示されました。これを示すためには、いくつか過程を踏む必要があります。

「日本=和」

つまり日本は「和」の国である、というのは、よく聞くかと思います。

では、この「和」とは、一体どんな状態を表す言葉なのでしょう。

「和」とは、「あるルールに基づいて異質のものを調和させる発想」だと言います。

日本には「カツカレー」という料理があります。インドから渡ってきたカレーとイタリアから渡ってきたカツが、日本の白米の上に乗っかっているのです。このときのルールとは一つの皿の上に、白米が一番下で、その上にカツとカレーが乗ることです。また、宗教の話をすると、いかに日本が「和」の国であるか、よくわかると思います。最近はハロウィーンが市民権を得つつあるように思いますが、これももともとはケルトの民族の行事でした。これが終わると今度はクリスマスです。キリスト教徒でも何でもない人々が、キリストの降誕を祝う「聖なる」日を祝います。かと思いきやお正月には神社に初詣に行きます。結婚式は教会で、神父か牧師の前で夫婦の契を結び、死んだらお寺でお葬式をします。こんな節操のないことしてたら、他の国ではヘタしたら殺されますよ。イベントつながりで言えば節句には鬼祓いや魔よけをしますし、バレンタインデーやホワイトデーなんてものを作って、年中お祭り騒ぎです。注目すべきは行事がかぶることなくまんべんなく存在していることでしょうか。この辺りは何もなくて寂しいから行事をつくろうか、というのもありそうですが(笑)

現在のキリスト教の母体となった神聖ローマ帝国も、そういう意味で「和」の国でしょう。侵略していった土地の風土を吸収していき、滅ぼすことをしませんでした。クリスマスも、ローマ人の風習をキリスト教に取り込んだものであったとも言います。その他かなりいい加減であやふやに教義が変えられていきましたが、これも「和」の国だったからでしょう。

日本が「和」の国であるというのは、聖徳太子が作ったとされる十七条の憲法の第一条の『和を以って貴しとなす』との言葉があることに裏付けられるように、昔から日本の物の見方の根幹にあったことも分かります。これは、日本の中での戦いでは、一方を完全に絶滅させるだけの大きな力の差が存在しえず、常に様々な立場の人々が比較的近い土地に暮らしていたことから生まれた考えではないかと考えています。

すこし脱線しますが、この「和を以って貴しとなす」を、「波風立て無いように、仲良くなあなあにやっていこう」という意味で理解している人もいるかもしれませんが、本来の意味は十七条の憲法の第17条にも述べられているように、各々が意見を持ち寄り、それぞれが納得できるように物事は決めるべきだ、という理念に基づいているものであり、事勿れ主義ではないことに注意が必要です。国民よく議論すべし、とでもいうことでしょうか。

閑話休題。千住先生によると、

「藝術=異質の調和」

または

「藝術は美的に調和していく知恵」

とも言われました。これはどういうことでしょうか。

大変わかり易い例で説明されたので、そのまま書くことにします。

オーケストラの演奏を思い浮かべてみてください。世界中の楽器が一同に集結してそれぞれが好き勝手に自分の音を出したとしたら、とてもうるさくて聞けたものではないでしょう。オーケストラが素敵なメロディーを奏でるのは、そこに曲があり、指揮者がおり、皆がそれらのルールに従うことによって、美しい調和のとれた音楽となるのです。これは先程述べた「和」の定義とも通じるものがあることがお分かりでしょう。藝術は、そのように異質なもの同士を調和させていくものであると見ることができます。

「美的に」とありますが、では「美」とは何でしょうか。先生のおっしゃるには「美=生きていてよかった、もっと生きていたい、と思わせる感性」であると言います。大自然の中で、「自分は生きている!」と感じること、生命の精巧な作りに感動することもそうかもしれません。そういった感性に関するものだと言います。

また「美」という漢字を見ると、「羊」が「大きい」と書きます。漢字の成立した時代と地域を考えます。遊牧民とその大事な資産である羊がいます。その羊が大きいということはすなわち「美」という字には豊かさ、理想といった概念が含まれていることが分かるかと思います。これがよく分かる現代の表現としては「美味しい」「美味い」というものが挙げられるでしょう。人は食べ物や飲み物を飲んで「美味い!」というとき、ダイレクトに「美」の感覚、すなわち豊かさと、生きていてよかった!という感覚を得ている、考えることができます。

さて、以上の議論から分かるように、日本は和の国であり、藝術は異質なものを調和させていく知恵であり、すなわち日本は藝術的思考が得意な民族であると言うことができるかもしれません。そういった意味で「日本=藝術立国」です。また、実際に日本の芸術品は海外でも高く評価されていますから、その意味からも藝術立国と言うことができるでしょう。

ここから話は日本の立ち位置、立場とは、という話題となります。世界には様々な国、民族の人がいます。しかし、異質な存在とも見ることのできるこれらの人々は、同じ人間としての共通性を持っています。藝術立国としての日本がこの中で果たすべき役割は、「和」の精神を広めることかもしれません。異質のもの同士を、ルールに基づいて調和させていくこと、その必要性とメリットを示していくことができればいいと思いますね。

残念なことに、今の日本の状況を見ていると、この精神を表しているようには思えない行動をする人も多くいるように思われます。

たとえば、中国、韓国に対する日本人の対応はまさにそうです。国益のことを考えれば断固とした対応が求められることは言うまでもありませんが、かと言って、その国民全体の人間性をも否定していいわけではありません。ある個人を否定するためには、少なくともその人について良く知っておく必要があります。もちろん、逆につけあがらせる理由もないわけですけれど。

長くなりましたが、このくらいにしておきたいと思います。大変考えさせられる内容であり、また千住先生のこれまでの思考の一部を共有できた感覚がすごくあって、とても濃い時間だったと思います。先生は本も書かれているようなので、今度はじっくり読んで理解したいと思いました。それから、「芸術」ではなく「藝術」の文字を使う理由を、どなたか詳しい人に聞きたいです。

未来授業 3限目

続いて二人目の講師の先生は建築家の伊東豊雄さん。「イノベーティブな建築が、日本の未来を創る」というテーマでお話をしてくださいました。

伊東先生の講義は、事前にアンケートで質問した内容に沿って、議論を展開していく形で進みました。

質問は以下の通り。

1. 東日本の大震災後、日本は変わったか?

2. 日本の地方都市はどのように生き残れるか

3. 2020年の東京オリンピックは成功するか

4. アジアの中で日本はどのような存在であるべきか

5. 今後日本人が未来を創り、世界を変えていくには、どんなイノベーションが必要か?

この5つの質問について、僕の意見と全体の流れを並行して書く感じで進めてみようと思います。

1.東日本の大震災後、日本は変わったか?

確かに変わったと思います。何か新しく制度が整備されたりといったことは、詳しい方から見ればまだまだな部分もたくさんあるでしょうが、少なくとも問題意識は生まれていると思います。一連の問題を通して、人々のメディアに対する見方も成熟しましたし、社会に参画していこうという流れは、活発になったように感じています。しかし、僕個人がちょうど高校生から大学生になる間の出来事だったので、社会に対する目線の変化という点で、自分の見方や視野が変わっただけかもしれない、とも思っています。日本という大きな括りではわかりませんが、あの出来事を通じて、何らかの変化を感じている人は相当いるはずで、まぁ、日本は変わったと言ってもいいでしょう。

会場では、この質問に対してクールな人も多かったようで、「何にも変わっちゃいねぇよ」という人も多かったようです。現状を見る限り、仮設住宅の建設から東北の再興はなかなか進んでいないのも事実で、仕事の問題もなかなか解決には時間がかかりそうです。そういう面で、変わっていないといえば変わっていないのかもしれません。

2.日本の地方都市はどのように生き残れるか

最近は地元志向の若者も増えてきたとは聞きますが、そもそもの母数も少なくなっているので、この問題はかなり深刻です。

安心して暮らしていける社会をつくることは大変重要で、その安心というのは、日本国内においてはお金の問題に直結します。

つまり、若者が田舎に帰らないのは、仕事がないから、つまりお金を稼いで生活する術がないと感じているからです。地方は地方で、もちろん仕事はあるのですが、魅力を感じないのでしょう。自分で手を汚すのが嫌い、という場合もあるかもしれませんし、もっと規模の大きな仕事がしたい、という方もいるかもしれません。この考えは、自分も似たような考えがあるので強いことは言えませんが、「一隅を照らす」という言葉にもあるように、皆が小さくても周囲のために尽力することで、地域、日本全体が明るく照らされることになる、という考えをもってすれば、地方で人口の少ない、お客の少ない仕事をしていても、その少ない人たちを満足させるように力を尽くしていれば、まわりを幸せにすることができるし、自分の心も満たされるんじゃないかと考えています。一方でもっと多くの人の役に立てるはずだ、という思いも、よく理解できます。

本題の、地方都市はどのように生き残れるか、という議題に論点を戻すと、これは地方がそれぞれ企業、働く人に対して、自分のいいところをアピールすることじゃないかと思います。「特産物とかも特にないしなぁ」という場所でも、そこに生きる人自体が一種の土地の特徴です。特に何もなくても、人が安心して生活していくことができる町、というのはそれだけで十分なことだと思います。当日の議論の中にもあったように、外国人によって活性化を促す、というのも一理あると思います。

東京の一極集中の構図はなかなか変わらない、という方も多かった印象でした。

3. 2020年の東京オリンピックは成功するか

これはなんともストレートな質問ですが、「成功させたい」というのが僕の答えです。伊東さんはじめ建築家の方々は、自分の意見も取り入れて欲しい、ここが気に入らない、と言った意見があるのだと思いますが、正直一般人の感性として、訪れる人が快適で日本を好きになってくれるなら、正直あまりこだわりはないと思います。日本のおもてなしの精神が現れていて欲しいというのはありますね。旅館をイメージするなら、入り口にある内履きがきちんと並べられているような感じ。訪れる外国人観光客にわかりやすい道案内や標識を設置するとか、「ハード」ではなく「ソフト」の面で、日本の良さを出していくべきだと思います。実際、日本の現在の状況を見れば、大きい派手なものをどーんと建てる、というのは、なんだか違う気がします。

4. アジアの中で日本はどのような存在であるべきか

日本が他の国と大きく異なっているのは、他の国より早い時期に経済発展をしたということです。少子化、高齢化など、現代先進国が抱える問題を数多く持つ日本は、これらの問題を抱える、または今後抱える可能性のある国々にとって、注目すべき存在でしょう。社会問題先進国として、どうすれば社会全体の問題を解決する勢いが生まれてくるのか、あるいはその問題と付き合っていきながら問題を小さくしていくことができるのか、これらを、しっかり自分たちの頭で考え、実行していく事こそが、アジアの中で、もしくは世界の中での日本の役割だと考えます。日本はとてもユニークな国なので、そこを無くさないように気をつけていれば、どこかの誰かの役に立つかもしれません。

5. 今後日本人が未来を創り、世界を変えていくには、どんなイノベーションが必要か

この部分で、やはり僕は前の千住先生のお話が頭に残っていたので、「和」の精神を含み、人を感化させるようなものが、世界を変えうるイノベーションになると考えました。具体的にこれ、と言えないのが残念なところですが、最近では日本の折り紙にインスパイアされて作られた傘とか(KickStarterであった)、NASAの太陽光パネルも折り紙のように折りたたんで宇宙に飛ばそうだとかいう話もあります。日本のそういったユニークな文化を日本人自身が認識してイノベーションを起こすというのは、ある意味難しいのかもしれませんが、日本のものをよく知っているというのは、大きな武器になるはずです。問題があった時にその解決策を古い知恵に求めるというのは、そんなに変な話ではありません。普段何気なく目にするものにこそ、これからの問題を解決する糸口が隠されているかもしれませんね。

最後に、伊東先生のいうイノベーションを起こすための方法ということで、5つシェアしときます。

1. 社会の出来事に関心を持つ

2. アジアの一員という視点を持つ

3. 対話をする

4. どんな小さなことでも行動を起こす

5. 地方の魅力を発見する

どれも納得できるものですが、敢えて言うなら2は「アジア」を「世界」に変えてもいいですし、千住先生の言葉を使うなら、「人間という共通の土台にあることを意識する」という感じですかね。こっちのほうが個人的にはしっくりきます。5も「地域」を「日本」に読み替えてもいいですね。3はすなわち「和」です。1、4は、より実際に即しているものでしょう。社会の問題、ニーズを知り、それを実行に移すこと、これは大事です。特に「どんな小さなことでも」という但し書きは、問題が大きければ大きいほど、意識すべきなのかもしれません。「どうせこの程度では変わらんよ」というものであっても、責任が取れる範囲であればどんどん挑戦すべきだと思います。(自戒)

最後に

お二人の講師のお話を聴いて、これからの自分の考え方ものの捉え方に、影響するだろうなぁという感じがあります。それだけお二人の生きてきた経験や知恵が僕の身に迫ってきたということで、この経験は貴重でした。今は科学を学ぶ一学生ですが、しかし自分にもできることはあるはずです。何でもやってやろう、と思いました。