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伊藤計劃『ハーモニー』が僕の中のpreset-meme群と相互作用した話

Google Playで購入して,スマホで読んだ。 今はなきSF作家伊藤計劃の『ハーモニー』。

評判とかは事前には知らなくて,ただTLでこの方の名前を見た気がしたので,(そして名前の漢字の印象が強かったので)調べてみて,メタルギアのスピンオフ的なものを書かれているということを知り,まぁそっちはおいておいて,こちらを読んでみたのだった。

結論から言うと,久しぶりに読んだSF小説だったけれど,読み物として面白く読めたと思う。

あまりネタバレっぽいことを書くべきじゃないかもしれないけど,すこし内容について。

ナノマシン,つまり体内の分子情報をモニタリングして,体外に取り出せる形で出力する分子群というのは,現在は日常の生活にまで浸透しているわけではないが,生命科学や医療の研究分野では実際によく行われていること。例えばガンの転移を調べたりするのに蛍光物質を運ばせたりする。

核戦争の結果,政府が崩壊して"生府"が統治機構として機能する,というのは,どうなのという気がしたが,ナノマシンによるモニタリングという技術は,時間の問題で実現可能な気はする。

で,この『ハーモニー』の主題となっているのは,人間が進化の過程で築いてきた社会性,つまりシステム化し,分業化し,効率化を図っていく流れの中で,身体の機能がアウトソーシングされた(小説中の)現在にあって,個々の意識もまた克服されるべきものなのではないか,という問である。

"WatchMe"をインストールすることによって人間は自分の抗体機能や,本来脳の仕事としてすべきだった病気の感知や治療法の選択,治療の実施を,すべて人工知能や他の誰かの手に委ねることによって,そしてまた自分も誰かの生活の一部を肩代わりすることによって,社会全体が"豊か"になっていく,と思われている。 医療技術だけではない,他者の痛みに対して敏感になり,おもいやりをもって生活すること,隣人愛にあふれた生活をすること,それこそが文明社会の向かうべき道だと,考えるかもしれない。

そこで主人公の女の子やその友人は,"WatchMe"がインストールされていない子供のうちに,自らの命を断ってしまおうとする。 それが,管理された社会に対する「この身体は私のもの」というメッセージになると信じて。 思いやりなんて糞食らえだと,世界に対して感じた違和感を表明する。

物語の終盤には人間の意識もまた,脳という物理的な器官における化学分子や電位の相互作用であり, 報酬系に働きかけることによって人間の意識,意思決定に影響を及ぼすことができる技術が秘密裏に開発されていたことが明かされる。 これは「ハーモニープログラム」と呼ばれ,すでに"WatchMe"をインストールしている世界中の人々の体内にすでにバックドアが仕込まれていた。 あとは核戦争を経験し,WatchMeを人々に埋め込み,世界の安定化,ユートピア化を目指す「老人」たちによってそのコードが実行されるのを待つのみ,という状況。

最終的にハーモニープログラムは実行され,WatchMeをインストールされた人々からは意識がなくなり,「恍惚とした」状態で,それまでと変わらず生活を続けることとなりました。というお話。

意識(というより,報酬系をいじっていることを考えると,迷い,といったほうがより限定的でわかりやすいかもしれないが)をなくした人間にあっても,それまでと同じように感情をもち,その時々の状況にあわせて行動し,互いに思いやりを示して助け合い,人類全体として社会的な生活を営むようになっていく,というのは,現実味のない話ではない。

実際に社会的な生活をしていると言われるアリやハチを見ていても,自分自身に生殖機能を持たずに生まれ,他のコロニーのアリと戦うための兵隊アリとして生まれてくる個体が存在し,逆に女王アリのように生殖機能だけに特化し,世話なしでは単独で生きていくことのできない個体が存在している。

彼らが意識と呼べるものを持っているかはわからないが,しかし実際の人類がアリのような社会性を獲得するに至っていないことを考えると,そういった機能はカロリーを消費するのみで,彼らの生存にとって非生産的であり,幸福感に満たされた生活を送っているのだろう。あるいは不幸を感じていないか。

その意味で,この本は人類が個を喪失し,群として生きていく道を選べるか,という問にも見える。

しかし,本の中で陽に扱われているのは,ここで述べたような進化論的な立場に基づくストーリーではなく,あくまで意識をなくし,道徳的に振る舞う哲学的ゾンビが可能か,もし可能とするならどのような道筋が考えられるか,という実験なのだと思う。

そして,述べられているその条件とは

  • 化学分子に対する膨大な研究成果
  • それを制御する技術
  • 思いやりの精神,助け合いの精神の教育

という地盤に加え,最後にそのスイッチを押すにはさらに

  • ミァハによる脅迫

が必要であった。


個人的には,「自分」の境界をどこまで広げられるか,という問題に見えてしまって, 自分の遺伝子を優先するのか,もしくは民族という単位を存続させるべきなのか,あるいは人類全体を一共同体として扱うべきなのか,あるいはさらに広く地球上の生命体システムを「自分」と捉えるべきなのか,そのことに終始してしまった。

自分の出来る範囲で(つまり考えすぎて死にたくなる限度を超えない程度に)広く自分の仲間として見ていければいいんじゃないかな。

ちなみに劇場版アニメが11月13日から公開だったらしい。誰か行きましょう。正直みゆきちは読んでる時から声が聞こえてたからやっぱりという感じ。シノンの影響かな?「ハーモニー」劇場本予告 - YouTube